■花屋 北野雅史を通して見えた「和こころ」

いけばなと共に歩んできた110余年の歴史を引き継ぐ五代目。

縮小する業界で伝統を守るため、革新を模索する。

いけばなの業界で決して表に出ない究極の裏方としての花屋の役割を考える宮内庁御用達「青山花茂本店」五代目北野雅史氏の志に「和こころ」が見えました。

■知られざる花業界の仕組み

「われわれ青山花茂本店は大きく二つの事業を柱としています。

一つはフラワーコーディネート事業。冠婚葬祭やイベントの装花デザインや、お祝い事や仏事の贈答用のお花の納品です。

もう一つはいけばなの花材の提供。

青山花茂本店は様々ないけばな流派をお客様としていますが、中でも小原流という流派と密接な関係を持った歴史を歩んできました。

いけばな業界での花の需要は大きく4つあります。

1.お稽古

 毎日の教室で生徒さんがいける花材として、都内全域にお届けします

2.研究会

諸流派の各支部で行われる月に一回のテストのための花材として。

多いところでは一度に1,000~2,000人分を用意します。

3.写真花

先生方が雑誌等でPRする際や、新しいスタイルのいけばなを開発する用の花材として。

大きな枝など、一般にはあまり流通していない花材を調達することも多いです。

4.展覧会

各流派もしくは流派を超えて数百人の先生方が集まり、全力をつぎ込む大きなイベントです。

事前に先生方の細かいこだわり等の要望を聞き、花材を集めます。

準備した大量の花材から先生方自身が、これだという花材を選定し、それを梱包し、会場へ届けます。

数百人分になるので選ばれた花材だけでもトラック数台分になります。

一度の仕事としては最も大きな仕事で、先生方の緊張も高まる場面です。

近年、いけばな業界は縮小傾向にあります。

実は展覧会、研究会など一度にたくさんの種類の花を大量に集めることができる花屋が少なくなってきています。

地方の展覧会では各地の支部の方々が地方の花屋から花材を購入するのですが、それができないという状況になってきています。

原因は、いけばな需要の減少が根本にあり、その結果、花の業界で働く人員数が減ってきていることと、また、花材そのものが希少化してきているということです。

花の仕入れは生産者とのつながりがとても大切です。40年前はいけばなの市場規模は今の数倍あったそうです。

だから各生産地は潤っていたのですが、業界の縮小に伴い、注文が減ってきたんです。

その結果、注文の少ない花を辞めてほかの農産物をつくろうという流れができてきました。

現在いけばなで使う花材で、一般には流通しづらいとされる希少花材が数百品種あるとされています。元々繋がっていた生産者が辞めたりすると他の生産者を探さないといけない。

そういうことが繰り返されてしまい、産地を探す体力のない中小規模の花屋は必要な花材を作る生産者とのつながりを失っていっています。

お陰様で一定の事業規模のある僕たちは、日本全国の生産者とのネットワークを持っていますが、そういう訳ではない花屋もたくさんあります。

希少な花材は生産量も少ないため、需要が集中すると花材をそろえられない花屋が出てくる。

当然ですが、いけばなの先生方は展覧会では珍しいものを必要とします。

でもそれがそろえられない。

その結果、地方では展覧会を諦めざるを得ないこともあるそうです。

花材供給の問題は、いけばな業界が縮小している原因のひとつでもあります。」


■家元と花木生産者との架け橋

「小売店として当たり前の機能だと思いますが、本来、花屋は花を売ることだけが仕事ではないと思っています。

どんな花がどこで作られているか、どこに出回っているかを把握すること。そして、花材をそろえるためにはその花材を育ててくれる生産者さんとのつながりを大切にするということが、欠かせません。

青山花茂本店の仕入れ人たちは、先生の注文通りのものがどこにあるかを知っています。

山に生えている木を切って持ってくる場合も多く(山取り)、各自治体と信頼関係を持っていないと切り出すこともできません。

役所に申請を出すにしても、地主と花屋の信頼関係がないと許可が下りなかったりします。

産地との関係が希薄化すると、産地が生産や調達を辞めてしまう。

生産ができないといけばなの先生方が必要な花材を調達できなくなる。

花材が集まらないので展覧会の開催が難しくなる。

結果、いけばなの魅力を伝えることができなくなってきている。今はそんな負の連鎖が起き始めている時代なんです。

先ほども申し上げた通り、花材が集まらないから展覧会ができない場合もあります。

もちろん既存のお客様である流派への納品をないがしろにするつもりは全くありませんが、私たち花屋が様々な流派の要望を把握する努力をして、流派を超えて花材を提供できる環境をつくることが、いけばな業界を支えることにつながると考えています。

いけばな花材の仕入能力を持った僕たちが架け橋になって多くの生産者と各流派の先生方との信頼関係を維持することが必要なんです。僕らが生き残る術でもありますが、生産地の方々にたくさん出荷できる環境をつくることが生産地を助け、いけばなを守ることにつながる。

このように、生産地が失われ、いけばな業界が縮小するのは国益を失うということです。

国とも話はしていますが、実際に動くのは民間で、僕らが積極的に動いていかないと業界は発展していかない。

現実的には、仕入れ能力を持ち続けるには、経費や雇用など企業体力が必要ですから、僕たちのような比較的大きな花屋が架け橋としての役割を担っていかなければならないのだと思っています。」


■究極の裏方

「いけばなの歴史は数百年とも千年とも言われていますが、花屋と連携し始めたのは約150年程前からと言われています。

青山花茂の歴史は約110年です。

当初は小原流の専属の花屋としてやってきましたが、三代目の北野太郎(祖父)の花屋としての活動は、いけばな業界全体にも大きく貢献したのではないかと思っています。

もちろんいけばなの先生の要望あってのことですが、祖父はハワイ、オーストラリア、インド、ペルー、八丈島や奄美、返還後の沖縄に渡り、日本にはない花を積極的に仕入れ始めました。

祖父の時代の人たちが精力的に動いた結果、作品のバリエーションを増やすことにも多少なりとも寄与できたのではないでしょうか。

また、いけばなの発展を考えた小原流の三世家元と僕の祖父は、「花木生産団地」を創りました。

花材が豊富な山野を持っている地方へ出向き、いけばなで必要な花木を生産するための産地に投資するという事業です。

単に育てるだけではダメで、花の付き方、枝の伸び方、いけばなにとっていい感じになるような木を自然の状態に近い形で作っていく。そのノウハウは本当に奥が深いんです。

こうした仕入れ先の開拓と合わせて、祖父は、全国の小原流の支部を支える花屋の協同組合を作りました。花屋間で花材や人員を融通しあう互助会のようなものです。「豊友会」という名前は、小原流の三世家元小原豊雲氏の「豊」の字を頂いたものです。

そのような活動を通して祖父の時代に小原流さんとのお付き合いを深めていきました。

花屋は究極の裏方です。

いけばな業界においては、家元や先生方に寄り添い、生産者に寄り添い、業界全体としてスムーズな流れをつくるための潤滑油のような役割です。

僕としては、これまで築かれてきた花屋の役割をより活性化させ、業界全体を盛り上げていきたいと思っています。」

■後継者修行の場は経営コンサルティング業界

「小さいころから、自分の親が働いている花屋は伝統ある花屋であることをそれとなく知っており、僕が継ぐのかなとは何となく感じていましたので、後継者として経営者を目指すならと経営コンサルティング業界に入りました。

経営コンサルティング業界で8年、この業界はプロジェクト単位で回っており、3ヶ月~6か月で担当するクライアントやテーマが次々と変わります。

いきなり今まで全く知らない世界に入って、数週間で要点を絞って知識をつけ、アドバイスをしなければならない。そんな経験を50回以上積んできました。

毎回大きなテーマを解決していくエキサイティングな仕事ですから、コンサルタントを続ける道も考えましたが、やっぱり、100年続いたこの花屋を僕の代で終わらせることはできないと思い、花屋になることを決意しました。

正直、これまでいろんな業界を見てきたのでそれほど大変だとは考えていませんでした。

でも、実際に入ってみると、花のこと、人間関係、仕組みを実際に回すことなど、経営コンサルティングの業界では学べなかったモノがたくさんありました。

数週間で慣れるのはとても無理でしたね(笑)

でもね、経営コンサルの視点を持ちながら、業界や自社の課題解決をしていく今の状況はめっちゃ楽しいです。

こんな楽しんでていいのかなと思うくらい。

真面目なところでもウキウキしちゃってる自分がいるんです。

ネガティブな課題があっても、それを解決するのにワクワクしてニヤけてしまう。

本当に全部の仕事が楽しいです。

流派を超えた勉強会が開催されたり、イベントが開かれたり、いろんな取組を始めている人が出てきている。

悲観的なことを言うひとも多いけど、僕は未来は明るいと思っています。というか、こんなことを言ったら怒られるけど、僕の視点では伸びしろがとても大きいんです。

花は嗜好品なので景気に連動します。今景気が悪いからみんな苦しい。

景気が良い時に対策をしてこなかったのでしんどいだけで、やり方はいろいろあります。

これまでの経験を使って新しい市場を創造するまたとないチャンスだと思っています。」


■青山花茂本店五代目として

「先日、ある産地に行ったんです。

みなさんは、「あなたのおじいちゃんのおかげで…」とすごくよくしてくれるんです。

「青山花茂がつぶれるまでやり続けます。家元がウチに来てくれたんです。その気持ちは裏切れないです。」と言ってくれるんです。

本当に嬉しいし、有難い。生産者に支えられてやっていると思います。

そんな気持ちにちゃんと応えていきたい、責任を、代を超えて担っていきたいと考えています。

そのためには事業を成長させないといけない。成長を志さないと存続もできませんから。いけばな業界も、もっと広く魅力を伝えていってほしいし、生産地も潤ってほしい。

それが僕たちの存続にもつながります。

詳しくは言えませんが、いけばな事業に関しては、国内外での成長戦略を色々と考えています。全国・全世界にまだまだいけばなのニーズがあるのを僕は肌で感じている。あとは供給する側がどう工夫するかです。

例えば、今、いけばなに興味を持つ若者や外国人のニーズをしっかりと理解し、訴求できているのか、考えるべきだと思います。

僕の周囲の若者たちは、「進級したい」「うまくなりたい」といったいけばなの「術」を学びたいニーズよりは、「芸」や「流儀」のような格式ばったもの・伝統的なものに触れたいという、精神性に対するニーズが強いような気がします。

 そのような生徒さんは、カリキュラムを単純に教えて進級を促すだけでは物足りなさを感じてしまうのではないか。心構えや、活け方の背景にあるストーリーなど、フラワーアレンジメントにはない部分を求めて習いに来ているとすれば、先生側も伝えるべきことが変わってくるのかなとも思います。

 

歴史ある流儀だからこそ培われてきた「精神性」を大事にしていくべきではないかと思っています。」

■千年後を見つめて

「伝統と革新とみんな言うじゃないですか。

伝統として保持すべきことと新しいことに挑戦することを並行してやらないと伝統は作れないと。

成功してない人たちは、今までやってきたこと以外のことはやらない。

新しいことに挑戦するのは怖いし、伝統が強すぎると新しいことから逃げてしまう。

でも伝統にしがみついていてはいけないと思うんです。

革新することによって伝統ができてきたんだというのを自分に言い聞かせています。そうしないと100年生き残れないですから。革新を怠った企業は総じて衰退してきたとドラッガーも言ってました(笑)。

存続のキーワードは「革新」ですよ。

千年後は言い過ぎかもしれませんが、僕たちの精神的なDNAをどうやって伝えていくかを考えていきたいと思っています。」


■取材を終えて

最初にお話を聞いたとき、外資系経営コンサルティング業界出身という経歴からも、ロジカルでドライな印象がありました。

でも、お話を聞くにつれ、その印象が大きく変わりました。

北野さんは花屋とコンサルティング業界という二つの視点から、日本の伝統文化であるいけばな業界をどう支えるかを真剣に考えています。

青山花茂の中に積み重ねられた歴史を背負い、生産者とのつながりを大切にし、代々引き継がれてきた「大切にすべきもの」を守るために、とてもウェットな日本人的な感覚の上で成り立っている業界で、どのような革新を起こせるかに挑戦されています。

企業戦略とのことで、詳しくは書けない部分もありますが、いけばな業界全体を支える存在としてどのように変化していくのか、

それは五代目青山花茂である北野雅史氏の生き様にかかっていると思いました。

■紹介

北野雅史(Masahito Kitano)

1983年 東京生まれ

1904年創業の老舗生花店、『青山花茂本店』五代目。

慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系コンサルティング会社「A.T. カーニー」入社。2014年から『青山花茂本店』の事業に参画。

青山花茂本店公式WEBサイト