■刀を通して感じる日本人の心得

奈良県天理市で刀匠として活動する布都正崇さんに話を聞いてきました。
20代から刀匠としての道を歩むことを決断した正崇さん。
刀は単なる飾り物ではありません。斬ることだけを目的としたものでもありません。
平成の刀匠として、正崇さんが作刀に向き合う姿勢に、日本人が培ってきた日本の心を感じました。


■日本人の中にある武士の心得

想像してみてください。渋谷のスクランブル交差点で1mを超える切れ味の鋭い刀をみんなが持ってすれ違うとしたら…
何故、昔の日本人は腰に刀を差していた(帯刀)のでしょうか?
何故、いつでも他人を殺傷できる用意をして外を歩いていたのでしょうか?
いつ襲われても大丈夫な様に?
いいえ、当時も殺人は重大な犯罪、それほど治安が悪かったわけではありません。
ブランドバックを持ち歩くようなステータスのため?
いいえ、刀はそれほど頻繁に抜くものではありませんでした。
では何のため?
帯刀することは、一種の意思表明のような意味を持っていました。
当時大人として認められる「元服」は15歳くらい。元服すれば刀を身につける。これは大人としての責任を持つことを意味すると言われていました。
愛する人を守ること。自分の生き方に責任を持つこと。
刀というと、時代劇の殺陣を思い浮かべる方も多いと思います。でも、当時刀は簡単に抜くものではありませんでした。刀を抜くことは相手の命を奪える態勢を作るということ。それはつまり、自分も命をかけることを意味します。
だから、持っていても抜かない。
ただし、いざという時は命を捨てる覚悟をいつでも持っているという意思表示。
自分の生き様を認めるのは自分自身です。刀は、自分に対して恥じない生き方をするという意思表明の証でした。


■作刀との出会い

正崇さんが刀匠を志したのは20代のはじめ。「どんな形であれ、ケツ割ったらアカン。親方の面倒見たるという気持ちを裏切って途中で投げ出すのはアカン。だから僕もよう考えたんです。」
親方に当たる刀鍛冶に出会ってから決断するまで、1年以上悩んだそうです。
工房には使い込まれた窯と道具が置かれていて、玉鋼という塊を高温の窯で加熱するところから始まる。
高熱で赤く光る玉鋼を、水を付けた槌で叩く。
最初の一振りでものすごい音が響く。


今まで感じたことのない迫力で一気に空気が変わる。水を付けた槌が高温の玉鋼に当たった瞬間、瞬間的に水が蒸発し、水蒸気爆発を起こす。
この水蒸気爆発で、玉鋼に付着した不純物や元々含まれていた空気が飛び散り、より純粋な鋼になっていく。
その繰り返しで、鉄を伸ばし、折り返して更に伸ばし、形を作っていく。

依頼主の想いや決意を形にする作業だからこそ、時間をかけて丁寧に作られていく。
作刀の技術は、過去の歴史の中で幾度も途切れています。正崇さんの目指すのは、鍛冶屋が活性化していた鎌倉時代の刀以上のものを作ること。
「刀は道具。持つ人の使い方次第で、妖刀にも聖剣にもなるんです。」


■なぜこの時代に刀匠を目指すのか?

実際に正崇さんが作った刀を見せてもらいました。
現代では刀を使う機会なんてほぼありません。そんな世の中でなぜ刀を作るのか?そしてどんな人がどんな形で依頼をしてくるのか?


それは想いを伝えるため。守り刀は子孫繁栄を願って親の想いを子に伝える。代々伝わる家宝の刀は、家としての誇りを背負っていくという覚悟の証。会社で持つ刀は企業としての在り方を示すためのひとつの方法です。そんな想いがこもったものだからこそ、ひとつひとつ丁寧に、魂を込めて鍛える。刀匠として妥協のない姿勢が、その想いを形にします。
「刀を通して出会える人たちとの“縁”を大切にしていきたいんです。」


■取材を終えて

一度見てみるべきです。なぜ妖刀という伝説が生まれるのか?そのゾクッと鳥肌が立つほどの美しさを体感してみることをお勧めします。私は本物の日本刀を持った時、まるで刀に問いかけられているような感覚になりました。
「お前は自分の人生に責任を持っているか?自分の生き様を誇れる生き方をしているか?」
正直、これは自分のものとして持つことはできないと思いました。
もちろん、今自分の生活は自分で責任を持って生活をしていますし、後悔しない生き方をしてきたつもりです。でも、まだまだ覚悟が足りない気がしました。昔の日本人は15歳で自分の刀を持っていました。発展する文化の中でも忘れてはならない日本のこころ。自分の刀を持つことができるような、そんな生き方をしたいと思いました。

【参考】刀の見方
刀を見る時とても重要なポイントは、刃の部分に波のように浮き出る模様「刃文」です。刃文には二種類あります。パッと見で見えるのは研ぎ師が刀を研ぐ過程で作る仕上げの刃文。これは化粧をしているようなイメージ。
実はその裏には、刀鍛冶が作ったもう一つの刃文が隠れているんです。
強い光にかざして柄の部分から斜めに見る。すると、外側の刃文の裏にうっすらともう一つの刃文が透けて見えるんです。これが化粧の下にあるスッピンの刃文。
光を楽しむという、宝石や虹と共通のものがあるんだと正崇さんは教えてくれました。
一見しただけではわからない部分へのこだわりがあることを知った上で見てみれば、きっと刀の魅力があなたにも伝わると思います。

 

布都正崇(Masataka Futsuno) 2000年(平成12年)河内隆平に弟子入り 2005年(平成17年)文化庁 作刀認可を受け刀匠「周麿」 として作刀を開始 新作刀展、お守り刀展への出品など活動を始める 2011年(平成23年)刀匠 正崇 と改名 鎌倉時代の刀工の飽きの来ない刀を目指し、一期一振り〈一期一会〉の精神で作刀しています。
布都正崇鍛刀場公式WEBサイト
公式Blog「刀鍛冶のしごとと日々の暮らし」(※刀匠を支える奥様が書かれています。)

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