■表具師松尾高志を通して見えた「和こころ」

表具師とは、掛け軸や巻物などを作る仕事です。
表具師の仕事は、描かれた絵や、書の魅力を引き出す裏方の存在。
昔ながらの製法で作業をする松尾さんのところには、数百年前の表具の修理依頼がたくさん寄せられます。

全ては一点モノだから、常に修理できるように考えて作業をする。
古(いにしえ)より引き継がれた技術は、一見非効率に見えますが、素晴らしい作品を後世に残すためには必要な智慧が詰まっています。

京都で表具師として活動をしている松尾氏の姿勢に「和こころ」が見えました。


■徹底的に自然志向

松尾さんの使う素材は特別です。

「化学薬品は紙を痛めてしまうものも多いので、可能な限り自然のものを使うようにしています。」

「糊は天然水で炊いた作り、新糊と古糊を作ります。古糊の作り方は大寒の頃(1月21日前後)に炊いた糊を壺に入れ、7年~10年間冷暗所に保管して発酵させるんです。保管する間、カビや灰汁(アク)を取りながら寝かせると、分量は10分の2程度になります。そんな風にして作った糊を使って作業をします。」

「防虫剤も天然のものを使います。安い化学薬品の防虫剤をたくさん入れるよりも、自然素材でできた防虫剤を使う方が紙には優しいです。」

「和紙にもこだわっています。用途に合わせてそれぞれの特色を持った日本中の和紙を使います。しっかりとした製法で作られた和紙は、巻いたり開いたりを繰り返しても折れない。結果として長持ちするんです。」

「乾燥は自然乾燥が一番いいんです。紙は息をしています。湿度の高い時期、低い時期を経てなじませることで、気候の変動による伸縮に耐えられるものができるんです。目先の効率を考えるなら温室乾燥などいろんなやり方がありますが、紙のことを考えると自然乾燥が一番いい。本来表具は1年から1年半かけて作業するのが普通なんです。」

徹底的に自然素材にこだわる背景は、受け継がれた伝統の中にある意味を理解されているからなんですね。
最近はそうした素材を扱う方々も後継者問題や需要の関係で入手が難しくなったり、価格も高騰しているのでやりくりが大変だということですが、かけられている手間を考えると納得です。


■敢えて100%の仕事はしない!?

例えば和紙を貼り合わせる時、完全に接着してしまえばより長持ちすると考えるのが普通だと思いますが、松尾さんは
完全に接着はしないといいます。
それは、今ではなく、その先を見ているから。

「依頼されるものの中にはセロテープで補強されていたり、ひどいのはガムテープが貼ってあるのもあります。粘着剤の成分がシミになっているんです。
でも、どんな状況になってても、一点もんやから何とかして直さなアカンのです。」

「掛け軸は、掛けていると汚れることもあります。しみ抜きをする時は、一度裏打ちの紙をはがして作業をします。
だから完璧に100%ぴっちり貼り付けてはアカンのです。また、掛け軸は巻くから紙や絹が弱りやすいんです。
紙や絹が弱ると割れてくる。絵や書が書いてある本紙は一つしかないものなので簡単には触れません。だから裏打ちの紙で修繕します。
数百年経ったものは裏打ちの紙でもっているものもたくさんあります。
その後修復する時にやりやすいように。それを私はいつも考えてるんです。」

「自分が手掛けたもんは責任を持ちたいと思ってたら、美術品の管理人みたいになってきました。」
もはや、単なる表具を作る他人ではなく、世界に通じる美術品の管理者としての役割も担っているんですね。


■絶対にやらないこと

松尾さんには、一つだけやらないことがあります。
それは、補彩をしないこと。

「描かれている絵はその当時、その人が残した作品です。割れて色が剥げてしまったり、部分的にかけているモノもあります。
その部分を新しい絵の具で同じような色をつくって捕色することは可能です。でもそれはしません。

補色をすると、その時は同じ色に見えます。でもね、5年後、10年後に変わってくるんです。
同じ色でも含まれている成分が異なります。当時と全く同じ成分の素材で補色をすることはできません。
年月を重ねると補色をした部分とそれ以外の部分で色が変わってきたり、劣化のスピードが変わったりと、差が出てくるんです。

その場の問題解決ではなく、数十年後、数百年後に価値あるものを残すことを考えて、私は表具師として、それはしないようにしています。」

徹底的に裏方仕事なんですね。
まるで、集中治療室に入るような大ケガの患者を、自然治癒力のみで治せと言われているようなもの。

それをあたりまえのようにやってのけてしまう技術は、何代にもわたって引き継がれてきたからこそなんだと思います。


■松尾さんの「志」

「自分の手掛けたものは大事にしたい。今自分が手掛けた仕事を50年後、100年後、そして千年後に、「この修復だれがやったんや?」となった時、松尾?ああ、こういう表具屋がいたなという話が出る。そんな仕事をしたいと思っています。」

「表具師の仕事は、配色を変えれば中の絵を殺すことができます。客の依頼に応えるのではなく、表具師としてのノウハウを提供することをやりたいと思っています。自分が納得したい。中の絵が活きるカタチを一番に考えたい。

責任を持った仕事をすることで、自分の力が見えるんです。笑われるような仕事はしない。
時にはお客さんと意見がぶつかることもあります。でも、後々感謝されることも多いんです。結果として喜んでくれる人がいればそれでいいんです。

喜んでくれない人ももちろんいますが、それはそれでいい。目先の金儲けだけ考えるなら何やってでも儲けたらいいんですけど、私は後世にちゃんとしたものを残したいんです。」

「でも、全て先代のやってきた通りにもしていません。先代のやり方と少しだけ違うんです。
自分の経験と知識を重ねてやり方を変えるというのも大切だと思っています。」

「外国人だってわかる人はわかってくれはります。」と語る松尾氏には、現在では外国からも修理、修復の依頼が増えているそうです。

一度壊れてしまったものは完全には直らない。全てをきれいに直してしまうとそれは別の作品になってしまう。今も使えるし、これからも長く使える。そして、壊れたときには直せるような仕事をする。それが、作った人への敬意。

プライドを持ってそれを信じぬくことは、日本人の魅力として伝えていくべきことなんじゃないかと思います。

■取材を終えて

表具というあまり一般の人に知られていないジャンルからスタートしているにもかかわらず、松尾さんの仕事は現在、掛け軸を額装するという範囲から飛び出て、世界の美術品を管理するという役割まで達しています。

世界中のあらゆる条件の中で飾り続けられる掛け軸の管理が松尾さんの肩にかかっている。
私たちが知っている表具では既になくなっているというのが本当に驚きでした。

何百年にわたって変わらない方法を取り続ける松尾さんだからこそ、何百年に渡って愛され続ける美術品を直すことができる。
その現状は京都の職人の奥深さ、職人の志の高さを感じることができると感じました。

その松尾さんですら、現在もトライアンドエラーを繰り返し、今後未来に美術品の修復作業がつながるように作業している事実。

紙は劣化するものだから直せるように作る。だから完璧な接着ではなく、掛けていても剥がれないけど、修理の際は剥がし易い絶妙な加減を追及する。

決して最新の接着剤や新しい道具を使うことを否定しているわけではありません。先のことを考えたときに、そちらの方がいいんじゃないかということで伝統的な手法を使い続けているんです。

その結果、世界中で松尾さんの仕事を待っている人たちがいる。
一見すると頑固なように見えてしまう伝統的な手法が、世界の美術品を守るための最も近道であったというのは本当に興味深いです。

ただ、実直に仕事をしていただけと言えなくもないですが、時代の流れによってやりにくくなっているのは事実です。
その中でも信念を貫き通す松尾さんのような人がいるから、守れるものがある。後世に伝えられるものがある。

今後、表具を見る機会には、単純に絵を見るだけではなく、掛け軸の周りの表具師の仕事を少しだけ意識して見てもらえると嬉しいです。
その美術品を支えているのは、松尾さんのように、決して表に出ることはなく、実直に仕事を続けている人たちがいるからなんです。

そういう楽しみ方もできるようになってほしい。
そこにも彼らの一味違うこだわりが生きているというのを感じてほしい。

水、紙、糊、全てが特別である必要はあるのか?それは100年先を見ているから。

2015年現在、多くのことが効率化という名を盾にした乱暴な仕事になっているのかもしれません。
今を最優先にした結果、大切にすべきその物自体が無くなってしまう。

数千年のスパンで考えた本来の効率を考えるのであれば、松尾さんのような仕事の仕方に行き着くはずなのに、それに目をつぶって締まっているのが現状。

どんどん便利になる世の中で、今私たちがしている仕事はどうなのか?
松尾さんから学ぶべきことがあるのではないか?
改めて考える機会になれば幸いです。

■紹介

松尾高志 (Takashi Matsuo)

1943年(昭和18年)7月2日 京都生まれ
1960年(昭和35年)5月より佐々木祥雄氏に師事
1969年(昭和44年)5月 二代目松尾周古堂 代表として独立
1997年(平成9年)2月 伝統工芸士認定
2004年(平成16年)10月 京表具伝統工芸士表彰を受賞(近畿経済産業局長)
2011年(平成23年)11月 秋の叙勲「瑞寶単光章」受章(日本国天皇陛下)