京都のキモノの代表の一つでもある手描き友禅の染匠、京の町屋でキモノの修繕「キョート・キモノ・クリニック」も営む吉田隆男氏を訪ねました。
洋服が一般的な現代に、何故キモノが日本の文化としてこれほどの地位を築けたのか。
キモノづくりに携わる方々の姿勢から、『観光地 京都』ではない、もうひとつの京都『職人の町 京都』を垣間見ることができました。

良質なキモノの条件は直せるようにできていることだと吉田さんは言います。

「ひとつひとつの仕事が丁寧な手仕事で行われている”良いキモノ”でも、時間が経てば傷みます。
でも、本来キモノは傷んだ時にその部分を修復することができるように作られているんです。
職人が自分の技術を最大限に活かして作ったものは、ほぼ全てが直せるようにできています。
だから長持ちするし、着続けることができる。
キモノは観賞用ではなく、日常使うものとしてのモノづくりを追及した結果、出来上がった文化なんです。」

吉田さんは染匠になって50年以上。後継者はいません。
世間的には後継者問題は一番の問題です。でも、吉田さんにとって後継者がいないことは最優先の問題ではありません。

昔と今では環境が違います。昔は学校の勉強もそこそこに、キモノづくりの現場に修行に出て、実地で基礎を学ぶというのが当たり前のスタイル。
基礎を身につけるまでに10年以上、一人前になるには30年〜40年が当たり前の世界です。

ちょっとした仕事を任されて、全力で取り組む。
その積み重ねができる程のたくさんの仕事があったし、その中で技術を習得することができた。
だからこそ、質の高いものをつくれるようになれました。

でも今は着物業界自体が縮小していく状況です。
何もわからない丁稚にもできる仕事は少なく、今から修業を始めて40年後、キモノの需要がどれだけあるかなんて、予想できない中で弟子を取るリスクはとても大きいし、昔ほどの仕事量がない中では実践経験を積むのにも時間がかかる。
当時と同じような形で後継者を育てることは、環境が許してくれないという面もあるのです。

吉田さんは言います。
「後継者がおらんのは、ある意味では問題かもしれんけど、時代が変われば産業も変わるんや。
わしらが引き継いできたのは技術だけやない。技術も大事やけど、もっと大事なものがある。
時代と共に変わった方が良いもの、時代が変わっても変わらないもの、その見極めが大切なんや。

決してネガティブな話ではなく、とても前向きな話です。
吉田さんはキモノづくりに関して、手は一切抜きません。

キモノはたくさんの工程を経て作られます。各工程には専門の職人が関わっています。
『この技術は今はもうこの人しかできない』という技法などもたくさんあります。

「わしらの代で仕事できるのはこれが最後やで。でもこれが昭和、平成に生きた職人の仕事や。
この仕事は必ず廃ってしまう。でもそれが絶滅してもキモノがある限り必ず染に興味を持つ人はいるはず。
きっと将来、この技術を再生しようとする人たちが出てくる。だからその参考になる仕事をしよう。
そうすることで、お客さんもエエ仕事をしてくれはったと言って大事にしてくれる。
何がエエのかわからんけど、キモノに携わる以上、この気持ちを大切にしていきたいと思っている。」

お金ではない、職人としてのプライドが品質の良さに繋がっている。
生き様として本当に格好いいと思いませんか?

仕事に取組む姿勢として、「もうちょっと」が大切だと吉田さんは言います。
「もうちょっとできへんか?」その気持ちが良いものを作ることにつながるそうです。

「『もうちょっとわかったらええんとちゃうか?』
その気持ちを持ち続けたら、全体がわかるようになった。適材適所に仕事を振ってどんなものでも直せるようになったんや。

手描き友禅の技術で治せる部分には限界がある。
でも、知り合いをつないだら、仕立て直しやったら和裁、生地やったら友禅染、西陣織なんかと連携して修復ができる。
それは長い時間をかけて構築してきたネットワークがあるからこそできるんや。
そんなネットワークを活用して、箪笥の中で眠っていたものを生き返らせることがワシらの仕事なんや。」

昔は悉皆(しっかい)という仕事がありました。
悉皆とは、汚れたキモノをきれいに再生する仕事で、言ってしまえば汚れ仕事。
今ではやる人が少なくなり、呉服屋さんも新しいキモノを売る方が利益が上がるため、直しではなく買い替えを薦めます。
その結果として、箪笥の中に昔のキモノが溢れていく…。

そうして直しの仕事が減ったことで、目利きの数も減ってきたそうです。

キモノを着ることは外側だけではない。
レンタルでもいいかもしれないけど、それをきっかけにキモノの本質的な魅力に触れてほしい。
キモノを着ることだけでは和装文化の振興にはつながらず、京都の文化も含めてちゃんとキモノについて知ってもらいたい。
直すだけと違って、再利用して歓びを感じさせられるものを提供していきたい。

そんな志を持って活動を続ける吉田さんの話には、私たちが学ぶべきことがあるような気がします。

吉田さんは、手描き友禅の染匠であり、京都の伝統産業を考える京都伝統産業工芸会の会長です。
京都の町屋で昔のキモノを甦らせるキョート・キモノ・クリニックを運営しながら、子供たちに友禅体験を提供したりもしています。

そんな吉田さんの一番の魅力は「人とのご縁を大切にしていること」だと思います。
職人としての道を歩み始めた当初は、生地、染、仕立てなど、キモノに関する様々な職人の下で勉強し、キモノづくりのノウハウを身につけました。
ひとりの師匠から数十年かけて技術を学ぶ職人の世界で、それぞれの工程で複数の師匠を持って積み重ねた経験が今に繋がっています。

吉田さんが引き継いだのは、技術よりも「志」
どんな考え方を持ってそれぞれの工程の職人が活動しているか?どうすることが業界にとって一番なのか?
一つのことに特化する職人との信頼関係を築き、全体を見て設計をする。
キモノコンダクターとしての吉田さんならではのノウハウが生まれた理由がそこにあると思います。

京都伝統産業工芸会の会長というのも、会員の誰もが認める存在です。
業種業界が違っても、京都の伝統産業、伝統工芸がどうあるべきか、会員のことを考え、全体を見て話ができる吉田さんの能力は誰にも真似のできない吉田さんだけのものです。
手描き友禅染匠という職人でありながら、職人ではないバランス感覚を持っている。
それは京都の職人にとってなくてはならないモノなんだと思います。
そしてその感覚は、複数の人が絡むプロジェクトやチームビルディングにとっての重要なヒントになると感じた取材でした。

キョート・キモノ・クリニック

諦めていたあのキモノをもう一度。
専門家の知識と経験とネットワークで、シミや日焼けで切れなくなったキモノを甦らせます。

※状況に応じて数ヶ月単位の時間がかかることがあります。
※お問い合わせの際は「和こころを見た」とお伝えください。

キョート・キモノ・クリニック

 

Writer

masaya

八田雅也 Masaya Hatta

KAZOO(カズー)代表
ジャンルにこだわらず、魅力的なものを見つけ繋げる企画師。京都と東京を中心に活動中。
軸を持って生きる人、かっこいい生き方をしている人を探しています。