「折り紙付き」「切羽詰る」「元の鞘に収まる」「しのぎを削る」「目貫通り」
これらの言葉は全て日本刀が語源です。
多くの用語が日本語の語源になる「刀」には、日本の心が詰まっています。
刀にこめられた想いを見える形にする最終工程にどんな「和こころ」が詰まっているのか、
埼玉県で内弟子(住込みの弟子)を取り、刀剣研の伝統を守っている佐々木卓史さんを訪ねました。
佐々木さんは内弟子である雄一さんと秋田さんと共に、埼玉県で共同生活を行いながら、刀研師として活動をされています。
佐々木さんの元には、歴史的価値のある古美術品としての日本刀の研磨依頼から、現代刀と言われる現在の刀鍛冶の作った刀の研磨依頼まで、様々な依頼が集まってきます。
「刀を研ぐという事は、刀を減らすということです。
刀剣研師の力量で、刀の魅力が発揮できるかが決まるんです。
沢山の刀の中に、同じ刀は二本とありません。
その一本一本にはそれぞれ特別な想いが詰まっています。
そんな刀を預かって刀を“良く”するのが刀研師です。
時代が変わり、素材も環境も異なるため、現代では真似できない仕事がたくさんあります。
そんな良い刀を、良い形に維持することで、後世に良いもを残していく役割を担っていると思います。」
私たちにとって大切なのは技術、知識、そして“見る目”です。
「世界にたった一本しかない刀を研磨する作業には失敗が許されません。
刀は完全にまっすぐではなく、微妙にねじれていたり、曲がっていたりするものです。
どうすればその刀の魅力を一番引き出すことができるか。
その個性をいかに活かして素晴らしいものにするか。
本当に上手くできた時には、刀の幅が拡がったように見えるんです。
『あれ?これ刃を増やしました?』と言われるのが理想。
でもそのためには冒険が必要なんです。
やりすぎて傷が出てきたらどうしようとか考えることもあります。
所有者や作刀家の想いを受けて、世界に一振りしかない刀を託される責任感は凄まじい重圧で、その重圧を乗り越えることは、自分自身と如何に向き合うか。
常に心に留めているのは『自分のためではなく、刀のための仕事をする』ことです。」
「刀を良くするためには、“心”や“優しさ”がとても大事なんです。」と佐々木さんは言います。
刀研師の仕事は、刀に関わる人たちの「想いをカタチにする」最終工程。
刀研師の心は、「気遣いと思い遣りの心」なんですね。
刀を通して自分自身を高める修業だからこそ、素人にはわからない部分にもこだわりを持つ。
誰かに褒められるためにやっているのではなく、評価の軸は自分自身にあるんです。
共同生活を送るのも自分磨きの修行のひとつ。
日常生活の所作に感性が現れる。
刀を研ぐ技術だけではなく、生き方からいろんなことを学ぶ修行です。
佐々木一門では一番下の弟子が暮らしのことを引き受けるのが伝統です。
弟弟子の秋田さんは、来客へのお茶出しから食事の用意まで暮らしのこともすべてやりながら修行を続けています。
刀に対してとてもまっすぐで、知識も豊富です。
自分のためではなく、刀のために研ぐという師匠の教えを守り、成長を続けています。
兄弟子の雄一さんは、刀をとてもよく見ます。
その「見る目」には佐々木さんも感心するほどです。
雄一さんにどういう気持ちで見ているのか聞いてみました。
「見るのが楽しいんですよ。俺はできないけど、他の人はできるから。
師匠が出来たり先輩方が出来たり。それを見ているのが楽しいんです。
俺ではこんな風にできないな。
俺にはこんな技術ないなというのを思いながら、これできるんだ、あーこうなるんだ。
っていうのが楽しいんです。
そもそも、入門した時から俺は良い研ぎができることを諦めてるんです。
先輩方とか先生の仕事を見て、俺には無理だと思ってるんです。
でも、それは一生できないという意味ではないんです。今はできないというだけ。」
その謙虚さが見る目を養うんだと師匠の佐々木さんは話してくれました。
由緒ある刀を研ぐ資格とは、決して有名だとか技術がすごいだけではない。
名刀と言われるその刀にこめられた想いというプレッシャーを背負い、その名刀の形を変えて更なる魅力を引き出す覚悟がある者にだけ与えられるものなんだと思います。
歴史を学んだり、技術を磨いたり、コンテストへ出したりという行動の本質は「自分磨き」に帰結するんですね。
「業務」として「作業」をこなす仕事が多い現代、人生に覚悟を持った人の言葉に、自分自身の生き方を振り返る機会を貰った気がします。
佐々木さんの工房にはたくさんの写真や仕事道具が飾ってがありました。
一番最初に弟子入りした刀鍛冶時代の写真。紹介されて本格的に始めた刀研師時代の写真。師匠の使っていた砥石。
それらは全て、佐々木さんが刀研師として歩んできた歴史です。
そして、その写真を見ながら、とても嬉しそうに関係性を丁寧に説明していただきました。
佐々木さんのすごいのは、そういった人生の中で関わってきた人とのつながりをとても大切にされていることだと思います。
刀の業界だけではなく、人生のすべてにおいて関わってきた大切な人たちに対しての感謝の気持ちを常に持たれている。
全てのことに感謝して生きるのは、当たり前と言えば当たり前ですが、実践するのは簡単なことではありません。
刀研師の心は「気遣いと思いやりの心」
佐々木さんの生き方から、弟子の雄一さん、秋田さんはどんなことを学んでいるのでしょうか?
内弟子を取るということは、弟子の人生を背負うということ。
弟子入りする方は勿論、師匠としても中途半端な気持ちでは受けられないことだと思います。
その覚悟を持って、刀研師の道を後世に伝えている佐々木さんの生き方はとてもカッコイイ。
今回の取材を通して、自分自身は今までの人生の中で出会った人たちにどんな気持ちを持つべきか、改めて考えさせられました。
刀剣研ぎは、美術品としての研ぎ方と実際に斬るための研ぎ方の2種類があります。
あまりにもキレイに研ぎすぎると、引っかからないから斬ることができない。
だから、斬れる刀は少しだけギザギザにするそうです。
キレイすぎる斬り口だと、斬れてもすぐにくっついてしまう。
それほどの切れ味を人の手でつくるって一体…と思ってしまいますね。
佐々木卓史(Takushi Sasaki)
お刀研ぎどころ 佐々木卓史
公益財団法人 日本刀文化振興協会 評議員
全国刀剣防犯協力連合会 理事
美術刀剣研磨技術保存会 会員
1943年 広島県呉市に生まれる
1974年 故永山光幹(重要無形文化財保持者「人間国宝」)に師事
1984年 ロサンゼルス「JAPAN EXPO」において研磨実演
刀剣研磨・外装技術発表会では、1978年の「研磨の部」初入賞・優秀賞受賞を始め、日本美術刀剣保存協会会長賞などの賞を受け、埼玉県刀剣保存協議会理事(1996-2012)を経て、現在に至るまで、様々な展示会プロジェクト等を企画。
その他、伊勢神宮式年遷宮での直刀・鉾の研磨、国内、世界での博物館展示の刀剣研磨等の依頼を受ける。
NHK、テレビ東京、ナショナルジオグラフィック誌等で特集もされている。